概要:有力産油国が再び巨額の資金を手にしつつある。だが、1970年代のオイルマネーブームで経験したような恩恵にあずかれると目論んでいる西側の金融機関は、失望を味わうことになる。
[ロンドン 20日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 有力産油国が再び巨額の資金を手にしつつある。だが、1970年代のオイルマネーブームで経験したような恩恵にあずかれると目論んでいる西側の金融機関は、失望を味わうことになる。
9月20日、有力産油国が再び巨額の資金を手にしつつある。
米エネルギー情報局(EIA)によると、ロシアのウクライナ侵攻に起因するエネルギー価格高騰のおかげで、石油輸出国機構(OPEC)は今年、石油輸出で差し引き9070億ドルと、2000年以降の年間平均5770億ドルを大きく上回る収入を得られる。
また、キャピタル・エコノミクスが予想するサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェート4カ国の今年の経常黒字は4090億ドルと昨年のほぼ3倍だ。ロシアの今年1-8月の経常黒字も前年比で3倍に達している。
以前のオイルマネーブームでは、産油国は石油収入を西側の金融システムに投資する形で環流させた。例えば、サウジの場合、エコノミストのデビッド・ルービン氏の著書に基づくと1974年から1982年までに1600億ドルもの経常黒字を蓄積し、そのほとんどをユーロドル市場に投入した。
つまり行き先は、欧州の銀行や米銀の欧州支店などにあるドル建て預金だ。各銀行はこれらの預金をアルゼンチン、チリなどに融資し、新興国の熱狂的な借り入れ拡大局面を生み出した。
21世紀初頭に再びエネルギー価格が跳ね上がると、産油国の資金は中央銀行の準備金と政府系ファンド(SWF)を通じて西側の金融資産に流入。中東産油国とロシアが保有する米国株式・債券の総額は2003年から08年までに5倍、約5000億ドルも増加し、増加幅は中国とケイマン諸島を除けば世界で最も大きかった。これによって米国株式・債券の需要が高まると同時に、欧州のサッカークラブや百貨店までもがオイルマネーによる買収の対象になった。
西側諸国が支払ったエネルギーの代金がオイルマネーとして最終的に戻ってくる流れは、今も発生している。サウジのSWFであるパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)はロンドンとニューヨークに新しい事務所を開き、この夏には米国株でさまざまな銘柄の物色を続ける中で、グーグル親会社・アルファベットやマイクロソフトの株価を押し上げた。アブダビ投資庁は最近、ドイツ銀行の投資銀行部門で活躍していたドリュー・ゴールドマン氏を引き抜き、不動産投資の責任者に起用している。
しかし、今回は西側金融機関の期待が裏切られそうだと思える理由は幾つもある。まず、オイルマネーの規模自体が過去と比べて小さい。EIAのデータで分かるように、物価調整後のOPECの収入は2010-14年までの方が今年の見込み額より多い。
Breakingviewsがキャピタル・エコノミクスと米連邦準備理事会(FRB)、イングランド銀行のデータから計算したところでは、サウジとUAE、クウェート、カタールの今年の経常黒字額見通しは米国の国内総生産(GDP)の1.6%相当だが、1974年は2.5%相当だった。
次に、産油国は一部の資金をどこか別の場所に蓄積しておくかもしれない。ロシアはウクライナ侵攻後に科された経済制裁のため、米国と欧州の金融資産には投資したくてもできなくなっている。
さらに西側がロシアの外貨準備凍結を決めたことで、ペルシャ湾岸産油国はある日気づいたらロシアと同じ目にあうという事態を避けるべく、投資先の分散化に乗り出すのではないか。実際、国際通貨基金(IMF)のデータによると、世界の中央銀行の準備資産に占めるドルとユーロの合計比率は6年前の85%から、今年3月時点で79%に低下している。
最後にOPEC諸国は、世界的な再生可能エネルギーへの移行を踏まえ、化石燃料に依存する経済から脱却するために膨大な国内投資が必要になっている点を挙げることができる。サウジのケースならば、サービス部門拡充のための教育投資強化、あるいは太陽光発電事業など石油以外の工業基盤の確立などを意味するだろう。
サウジは人権侵害問題のせいで期待するほど外国からの直接投資を呼び込めていないものの、オイルマネーはその代役を果たす可能性もある。IMFの予想では、PIFは2年連続でサウジ政府よりも多くの国内投資を実行しようとしている。
ジャドアーン財務相は5月、政府は今年の黒字資金を経済にとって最もプラス効果がある分野に振り向けると表明。その対象には、民間投資を促進するために立ち上げられた国家開発基金(NDF)も含まれている。
いずれにしても、西側金融機関は今回のオイルマネーブームを巡る「利権」の一部を取り逃がしてしまうことになる。銀行やM&A業界、高級不動産仲介会社などはそうした事態を嘆くだろう。それでも誰もが落胆すべきではない。
従来のオイルマネー環流は、必ず有害な資産バブルを伴っていた。1970年代にこぞって借金を増やした中南米諸国は1980年代になるとすぐに債務危機に陥り、多くの国は対外債務の返済ができなくなった。
その後、オイルマネーはFRBが利上げしてもなお2008年に至るまで米国の借り入れコストを低く抑え続ける一因となり、危機につながる金融セクターの過大な不均衡をもたらしたのは間違いない。
これらの事実から得られるのは、大規模な資金流入はウォール街やロンドン金融街シティーの仲介業者たちの懐を潤わせる半面、経済を不安定化させてしまうという教訓だ。オイルマネーの動きがよりおとなしくなるのは、結局それほど悪い話ではないかもしれない。
●背景となるニュース
*米エネルギー情報局(EIA)が8月に公表したデータによると、石油輸出国機構(OPEC)が今年石油輸出で得る純収入の合計額は9070億ドルに達する見通し。2000年以降の平均は5770億ドルだった。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)